五月雨は何色か

東京も梅雨入りし,通勤には傘が欠かせなくなった。
置き忘れても後悔が小さく済むように,安価な傘を持ち歩く。
鉄道会社に寄贈した傘は二桁に達したと思う。

先日は古文の校正で『源氏物語』を扱い,その奥深さに目をつぶっては静かに唸った。
決して難しくて唸った訳ではない。
ふと,学生時代には名著『あさきゆめみし』(講談社)にお世話になったことを思い出す。

多くの教科書で掲載される『源氏物語』の序文「桐壺」にも,その内面描写に光るものがある。

「はじめより我はと思ひ上がり給へる御方方,めざましきものにおとしめそねみ給う。同じほど,それより下臈の更衣たちは,まして安からず。」
(現代語訳:初めから我こそは(寵愛を受けるべきだ)と自負しておられた女御の方々は,このお方(桐壺)を蔑んだり妬んだりなさる。同じ身分,またはそれより低い地位の更衣たちは,女御の方たち以上に(嫉妬の)気持ちがおさまらない。)

自分ではない誰かが時流に乗ることで,多かれ少なかれ心はざわつく。
それが自分(女御)よりも身分が低い者(更衣)であれば,面白くはないものの「自分の方が優れている」と慰められる。

注目すべきは,自分(更衣)と身分の近い者(更衣)が時流に乗った時だ。

「まして安からず」

もしかしたら自分にも(寵愛を受ける)チャンスがあったのかもしれないと思うばかりに,その落差から大きな反発が生まれる。友人と宝くじを一枚ずつ買って,友人だけが一等を当てた感覚だろうか。

そんな(更衣が天皇の寵愛を受けるという起こり得ない)浅い夢だからこそ怨念は尾を引き,梅雨に負けず劣らず,湿度の高い嫌がらせが桐壺更衣に降りかかる。

「結びつる 心も深き もとゆひに 濃きむらさきの 色しあせずに」(左大臣から桐壺帝への返歌)

——桐壺更衣は何色だろうか。

やはり桐の花よろしく紫色が似つかわしい。
だとすれば,桐壺更衣と対立した他の更衣たちは紫色と対立する補色,すなわち緑色だろうか。

ちょうど「五月雨は緑色」と歌った村下孝蔵は,そのアルバムを『初恋~浅き夢みし~』と名付けたのは偶然だろうか。

浅い夢だからこそ消えることのない想いは,今も昔も変わらないのかもしれない。

源氏物語の序文

〈国語担当M〉