謎の3~6世紀の時代を解明する手掛かりがないわけではありません。古墳です。古墳こそは,タイムカプセルであり,すでに多くが盗掘されていたとしても,まだまだ沢山の手掛かりを遺してくれていることは,まちがいありません。
ところが,畿内を中心とした重要な古墳の多くは,天皇陵あるいは皇族の陵また陵墓参考地として宮内庁が管理し,鉄条網で囲うなどして,いっさいの立入りを禁止しているのです。もちろん学術調査も認めません。明治以来の皇国史観の流れで,天皇の墓をあばくなどもってのほか,というわけです。
しかし,明治初期に,陵墓と推定されるとした根拠は,極めてあいまいです。だいたい,「記紀」に登場する推古以前の30人の天皇は,矛盾だらけで不明な点があまりにも多い。100歳以上生きた,あるいは150歳を超えて生きた,さらには200歳以上などという天皇もいます。架空と思われる天皇も少なくありません。なぜそうなったのか。「古代天皇の謎」については,次回に述べますが,それらの天皇とその係累とされる皇族の墓として,数多くの古墳が宮内庁によって押さえられているというのは,納得いきません。古墳時代の陵墓で宮内庁指定と一致するのは,先にあげた天武・持統陵と,天智皇陵だけであると,考古学者は指摘します。では他の多くの天皇陵の被葬者は誰なのか,興味はつきません。
いずれにせよ,それらの古墳の学術調査が実施されれば,古代国家成立の謎がかなり解明されることは,まちがいありません。そのことが現在の天皇家を貶しめることになる,などということも決してありません。戦前までならいざしらず,もはや万世一系を信ずる人はまずいないでしょう。むしろ,天皇家の先祖である大和大王家の歴史を明らかにし,日本国成立の謎を解明することの方が,天皇家を改めて見直し崇敬することにつながるのではないでしょうか。
天皇陵とされる古墳は,宮内庁が抱え込んで隠蔽すべきものではなく,国民共有の貴重な文化遺産であり,学界の叡智を結集して調査研究すべき遺跡なのです。
2022.6.16