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2004年の編集日記

2004年8月31日

今年の夏は暑いらしい。次々と記録を更新しているとのこと。
とにかく暑いらしいが,私は経験していない。

朝7時前に自宅を出る。9時頃出社してから夜10時過ぎまで,
冷房の効いた会社から殆ど外出しない。
弁当持参,煙草もやらなくなった私は,とにかく外に出ない。
帰宅後ひと風呂浴びて夕食をとり寝るだけの毎日。
妻から前日の暑さについて毎朝聞くが,残念ながら私にはわからない。

気温39度とはどんな暑さだったのだろう。
体温より気温が高くなると色々な活動が著しく鈍ると
小学校のとき聞いたことがある。本当だったのだろうか?
日陰に駐車してある車のボディはひんやりしないのだろうか?
などなど。疑問の種は尽きない。

理科の編集をしている。何より経験が大切なのにと悔いる。
(K.H.)

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2004年8月26日

〜近頃思うことあれこれ〜

突然ですが,

「それ故,決断主義的に起草された法は自らの正統性の根拠を
『手続』に求めるほかないのである」。

という文があるとします。もしこの文が,

「それ故,決断主義的に起草された法は自らの正統性の根拠を
なんか『手続』に求めるほかないのである」。

となっていたら,まあ状況にも拠りますが,「なんか」をこの文から
取り除くべきだと普通考えるのではないでしょうか。
「なんか」は話し言葉であって,この文の中では座りが悪いといえます。

「最近うちの息子が『なんか』アレでね」
「ほお,うちではカミさんが『なんか』アレで困ったものです」
「お互い『なんか』アレですなあ」
「いやまったく『なんか』なんですなあ。たっはっは」

「なんか」は,上のような中年男性の悲哀をそこはかとなく感じさせつつ,
話の焦点が巧みにぼやかされてほとんど無内容でありながら,
なんとなく何かが伝わったような気になる「アダルト」な会話の中で,
その真価を発揮すべき言葉です。

従って,一見アカデミックな最初の文の中では「なんか」というような
曖昧な言葉は「そぐわない」ことになります。
となれば,編集者としては
「この『なんか』は全体の論旨,文体およびアメリカジャズ史的見地から
他の表現に変えるか,取った方がよいのではないか」
ということを八方丸く収まる表現に変えて関係各方面に諮るべきでしょう。

「職業としての編集」という観点からは,一言でいうと
「『なんか』をここに入れるのは諸般の事情に鑑みて,
如何なものかと言わざるを得ない」ことになるのですが,
編集者が個人的には「『なんか』ってなんかいい感じ(半疑問)みたいな」
と感じることもあり得ます。

編集者としての立場と個人としての立場の関係については,
編集者にもいろいろな立場の人がいますから,一概には言えないかもしれません。
ただ,「編プロ」の編集者としては,「版元様は大満足」で「読者様に大好評」
おまけに自分も納得できて最後にみんなで「大宴会でめでたし,めでたし」の
大団円を目指したいところです。

これはあくまでも私見ですが,編集者というのは「自分以外の人間の視点」を
数多く持つべきなのではないでしょうか。
ある時は「企画を立てる者の視点」,またあるときは「読者の視点」,
そしてまたあるときは「批評者の視点」,さらには「執筆者の視点」など,
そのほかにも多々ある視点から一つの問題を眺めてみることは必要なのだと思います。

様々な視点を持つことで「バランス感覚」が働くことになるでしょう。
私自身がなかなかその境地には至っていないのですが,
「一つ頑張っていってみよー(いろいろな意味で)」と考えている今日近頃です。
(H.M.)

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2004年7月1日

いつもと違う場所で目が覚めると、なんだかとても悲しい。
合宿の朝。家族旅行の朝。スキーの朝。徹夜明けの会社の朝。
寂しいとか、不安とか、ではなく。悲しいんだな。
自分の居場所が定まらないから?
梅雨の朝も、こんな気分になることがある。
そして会社に来て大勢の中に埋もれるとちょっとホッとするよ。
(K.T.)

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2004年6月15日

「好きな映画のジャンルは?」とたずねられたら,私はこう答えている。

「ジョディちゃんとゾンビ映画」

「ジョディちゃん」とは,ジョディ・フォスターのことである。
ジョディちゃんそのものが好きなので,
ジョディちゃんの映画であれば,内容は何だってよい。
つまり「ジョディちゃんが出ている映画」というジャンル分けが,
私の中には存在しているのだ。

大学生のころ,もし自分が海外にホームステイするならば,
その家の奥様はジョディちゃんであってほしいと思っていたほどである。

一方,ゾンビというのは,死んだ人間が歩くというやつだ。
ゆらゆらと歩いていて,生きた人間を見つけると襲う。
話せないし道具も使えないが,うじゃうじゃ集まってくると厄介だ。
そして,噛まれて死んだら自分もゾンビになってしまう。

ゾンビ映画はたいてい,ゾンビであふれかえる街を
生き残った人たちが戦いながら生き抜いていく,という内容が多いが,
最初はゾンビと闘っていても,やがて,物資や食料をめぐって,
生き残った人間どうしで争いが起こってしまう。

そういった人間の愚かさ,怖さを学ぶことができる,すばらしい映画である。

ゾンビ映画で怖いのは,実はゾンビではなく人間なのだ。
別にゾンビと比較しなくても,悪意ある人間とか,
人間の怨念が,やはり私はいちばん怖いと思う。

一方のゾンビは,よく見ているとけっこう間が抜けている。
頭はからっぽでボーっと歩いているので,近付かなければ襲われない。
映画でもたいてい,ゾンビに噛まれてしまうのは,
ゾンビをナメてかかっている愚かなやつなのだ。

私はこれまで,そういう人を何人か見てきているので,
同じ過ちは犯さないだろう。

少年のころ,もしゾンビのいる世界に自分が置かれたら……と想像し,
意外にがんばるかもしれない,などと自信を深めたものである。

しかし,私が大人になり,世も21世紀になって数年が過ぎた今,
私に少年のころのような自信はない。

最近のゾンビは「走る」のだ。
生きた人間を見つけると,陸上選手のような猛ダッシュで追いかけてくる。
あれでは,今の私では対抗する自信が持てない。

今後は,ゾンビに追いかけられたときのために,
体力をつけておかなければならない。
だから私はゾンビ映画を見たあと,焼肉を食べに行くのだ。
(T.N.)

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2004年6月9日

最近、気づくとかばんの中に黒飴が入っている。

なぜだか飴だけ、「飴ちゃん」とちゃん付けで呼んでしまう。

高く買ったものの値段より、安く買えた値段を自慢したい。

この現象っていったい…と考えて、はたと思いあたった。

東京暮らしも早7年。伊勢丹に入り浸っては、
身も心も東京人になりすましているつもりでいたのに。

これほど執念深く追いかけてくるなんて。
ひたひたと迫りくる触手に、蝕まれつつある自分を感じる。

――恐るべし、“関西のおばちゃん化”。
(S.K.)

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2004年5月31日

あ,ども,A.I.です。
「花粉症の方はツライでしょうねぇ」の季節から
「鬱陶しい天気が続きますなぁ」の季節へと移り,
さして親しくもない人への挨拶には事欠かない日本語のありがたみを
感じる今日この頃,みなさま,いかがお過ごしでしょうか?

これまでこのページの担当は僕でしたが,訳あって担当一時交代となりました。
新担当は張り切っており,社員一人一人に対して締め切りを設定して
強制的に原稿を収集しております。
で,僕は担当交代後一人目の執筆者というわけです。
そんなわけで,「せっかくテキトーにやってきたのに…」などという
理不尽極まりない不満をたれながら,
この文章を完成させるべくキーをたたいている最中です。

とはいえ,文章にするほどのネタなど,そうそう思いつくものではありません。
さらに悪いことに,数ヶ月前から,僕は深刻な問題に悩まされております。
どうやら,面白いことを思いつかなくなっているようなのです。

このことについて,先日会った十年来の友人は,
バーボンのグラスを傾けながらこんな話をしてくれました。
「昔のお前はナイフみたいに尖ってたよ。触る者みな傷つけたさ。
だがなあ,ジョー,今のお前は身をもってわかっているはずだ。
お前も,いや俺だって,みんな世の中に迎合していくのさ。
そうするしかねえんだよ。あいつらは脇目もふらずに走って行っちまったのさ。
敷かれたレールの上を。今度は俺たちの番だ。そんなふうにして,
この広大で平板な秩序のマトリクスの何処かで,みんな星になっちまうのさ…」

なるほど。ジョーって誰だよ?などという疑問はさておき,
面白いことというのは,平板な日常に裂け目やズレを見出す
(あるいはでっち上げる)ことによってもたらされます。
言い換えれば,面白いことを思いつくには,平板な日常に満足しない精神が必要なのです。
ですから,面白いことを思いつかなくなっているのは,
僕の場合,急速にいろいろなものを諦め,受け入れつつある(三十路目前だからか?)
という大きな変化の中で起こっていることだといえるでしょう。

考えてみれば,いや,さして考えるまでもなく,そのとおりです。

今よりも若かりし日の僕は,いろいろなものに妥協できませんでした。
そうしたこだわりは,たとえば,「ポーランド人が教えてくれたヘブライ語の
アメリカンジョークがつまらなくて,モンゴル大使館前で座り込み」
などという行動となって表れました。
消費税率アップに抗議する意味でエラ呼吸の訓練をしたこともありました。

しかし,それら数々のこだわりは,今日も継続中の「銀座一等地不買運動」などの
極めてポピュラーな行動で充足されるものを除き,「ま,いっか」とつぶやくたびに,
あるいは一日遅れの筋肉痛に見舞われるたびに,一つまた一つと消えていきました。

少々脱線しました。話をもとに戻しましょう。
僕は今,面白いことが思いつかずに苛立っているのですが,先ほど確認したとおり,
それは人生の大きな変化の中で起きていることのようですので,
簡単に解決するはずもなく,今も未解決です。
これまで,苛立ちのあまり胸をかきむしった夜は数知れません。

自分探しの旅にでも出ればよいのかもしれませんが,
これまでに培った多くのものを犠牲にしなければなりません。
それ以前に,僕の場合,そんなことをしようものなら,
見つかった自分を埋葬したくなるにちがいありません。
かつての自分を取り戻そうとするあまり自暴自棄になるというのでは,
本末転倒というやつで,お笑いにもなりません。
…………………………………………………………………
…………………………………………………………………
というかですね,もう限界なので白状しますけど,
ネタなしで始めた文章をオチをつけてまとめるのなんて,ムリなんです,ハイ。
面白いことが思いつかない,なんてことは,実ははじめからどうでもよかったんです。
だって,自慢じゃないですが,そうした症状自体,すでに受け入れちゃってますし。
ただ,この文章を締め切りに間に合わせて書くには不都合だったというだけのことです。

この文章は失敗です。
最後までおつき合いいただいたみなさまに,謹んでお詫び申し上げます。
このごに及んで図々しいのですが,一つお願いがあります。
文中の細かいボケにそっと,心の中で(あくまでも心の中で),
ツッコミの言葉をかけてやってください。
そうすれば,無理矢理産み落とされてしまったそれらの言葉たちも,
きっと成仏することでしょう。合掌。
(A.I.)

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2004年5月20日

彼との出会いは,かれこれ25年近く前。
今僕たちが住んでいるマンションができたときからである。
僕たちはまだ幼稚園の年長さん。
それから,同じ小学校,同じ中学校と進み,高校から別々の道を歩んできた。

僕は農学部へ,彼は…?

そんな大学時代のある日,下校途中の電車内に彼が座っているではないか。
4,5年ぶりの再会。
聞けば,下北沢で皮細工・彫金の店に勤務しているとか。
雑誌のクリスマスプレゼント特集で,写真つきで紹介されたこともある店だ。

それからまた何年か経ったある日,今度は家の前でばったり。
またもや話を聞けば,西千葉駅の近くで自分の店を構えたとか。

それ以来,帰宅途中にある彼の店には立ち寄るようになった。
夜中の1時くらいに寄ったときもあった。

黙々と鞄をつくっている。
彼はとても生き生きとしている。
そんな姿がうらやましい。

彼のそんな姿も明日からの仕事への活力となる。
さぁ,また明日から仕事をがんばらねば!
(O.S.)

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2004年3月17日

何か変
 あした有給
  きょう徹夜
(「いかんぞう」より)(J.N.)

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株式会社カルチャー・プロ