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2003年の編集日記

2003年10月8日

学生時代,教職課程をとっていた。

そんな数ある講義の中で一番面白かったのが,斎藤孝先生の講義だった。
週1の講義が毎回刺激がいっぱいだった。

そんな斎藤先生がとにかく勧めたのが,読書である。
中学校での読書の時間の実施例など,とにかく読書というものが講義のキーワードだった。
特に印象に残っているのは,先生は自称乱読家だということ。
外出する際には,必ず10冊近くの本を持ち歩き,その日の気分,
そのときの気分に合わせた本を読むそうである。

僕も本は多く持ち歩いていると思っていたが,多くても4冊程度。
やはりその日,そのときの気分で読む本は変えていたが。

先生の場合は,とにかく分野を問わない。
ありとあらゆる分野の本を持ち歩いている。
漫画も読書のうち。

僕の場合は,昔から偏読。
中学校2年生のときに読んだ吉川英治の『水滸伝』をきっかけに,
いろいろな作者の水滸伝を読み,次にいろいろな作者の三国志と,
常に中国の歴史ものばかり読んできている。
いまだにそうである。

中国の始皇帝以前が面白い。きっかけは,海音寺潮五郎の中国英傑伝。
それ以来,その時代にこだわり続けてきた。
当然,中国歴史小説ファンとして「知らなきゃモグリ」とさえ言われる
宮城谷昌光の文庫本は,すべて読破。
以前,漫画で連載されていた『封神演義』も連載前に読破済み。
その他,もろもろ。
今かばんの中の本は3冊。
『韓非』『中国古代の文化』『古代殷王朝の謎』
相変わらずである。

こんな偏読だから,一番面白い講義をしてくださった斎藤先生の著書は
何1つとして読んでない。
(O.S.)

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2003年7月22日

小学1年生の僕の夢は「国鉄の技術屋さんになる」でした。
中学1年生の僕の夢は「レニングラードで暮らしてみたい」でした。
放心状態の高校生活を終え,大学の時には一時期道路公団を志しましたが,
真面目に狙わなくて正解だったと思います。

一寸先は闇です。
世界はいつも,個人の都合と関係なく動いています。
(A.I.)

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2003年7月15日

夏は最高だ。
夏を語ると長くなるので、最近はあまり語らない。
以前はよく人に夏の話をしていたり、文章にしていたりしたけれど、
歳をとるにつれて軽軽しく口にできない話題になってきた。

小学校のときは「黒ん坊大会」という、今考えればちょっと信じられない
ネーミングの大会が堂堂と行われていた。
私は、兄弟同時優勝という快挙?を成し遂げて以来、
さらに肌の黒さにあこがれるようになった。

私の実家は海岸線から約1里の距離にある。
遠足にはよく遠州灘へ行った。中田島砂丘という砂丘で、
あたりまえだが砂と草しかないところだ。
ゴールデンウイーク以外はとても静かで、砂丘の入り口には小さな茶店がある。
近くの建物は、みな海風と砂にやられている。

青い空と入道雲が見える、
外の暑さを想像しながら居る涼しい日本家屋が好きだ。
昨日も一昨日も暑かったのに、「今日は暑くなりそうだね」という祖母の声が好きだ。

夏の一日には終わりがない。夜の暑い空気は宇宙へと膨張し、拡散し、
少年たちは未来に思いをはせる。
風鈴が子供たちの心を揺らす。
大人たちには警鐘のように聞こえる。

蚊取り線香のにおいや、草いきれ。
そして波の音。

夏を語ると長くなるので、最近はあまり語らない。
以前はよく人に夏の話をしていたり、文章にしていたりしたけれど、
歳をとるにつれて軽軽しく口にできない話題になってきた。

そして、夏について語ろうとすると、
なぜか、
文章が下手になる。
(J.N.)

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2003年5月26日

私の家には普通に電話があるのだが,
しかし,その番号を知る人はほとんどいない。友人に教えた記憶もない。
電話回線の契約をしたころはすでに携帯電話が普及していたので,
携帯の番号しか教えていないからである。

そんな私の家の電話だが,それでも電話をかけてくる人は少しだけいる。
たいていは留守電にメッセージを残してくれないので,
かけた人がだれかわからないのだが,
たまにメッセージを残してくれている人もいるのだ。
しかし,ほとんどは私あてのメッセージではない。
私ではないだれかと勘違いしているのだ。たとえば……。

「数年ぶりに東京へ行くことになりました。新幹線で行きます。また連絡します」
というメッセージ。声の感じからして,初老の男性だ。
この男性はそのあとも1回,似たようなメッセージを残していたことがある。
間違い電話かもしれないが,もしかしたら本当にうちの番号にかけたのかもしれない。
うちの電話番号は,昭和61年ごろまではほかの人が利用していた番号だったのだ。

先週は,小学校の女の先生からメッセージが入っていた。
「○○ちゃん,今日具合が悪くなって早退したのですが,
おなかが痛いと言っていましたので,しばらく様子を見てあげてください」
というメッセージ。
残念ながら,うちに子どもはいない。
先生がかけ間違えたのだろうか,それとも保護者が伝え間違えたのだろうか。

問題なのは,このような人たちが,間違い電話をかけたと知らないままでいることだ。
うちの留守電の「メッセージをお願いします」という指示は,
自分の声で録音するのが面倒なので,デフォルトの機械的な女性の声のままである。
だれの家かを述べていないので,間違ってかけても,間違いだと分からないのだ。
私の怠慢のせいで,どこかの顔も知らぬ人たちの間でトラブルが起こらないことを
祈りつつ,しかし,間違えるほうが悪いのだと思って,そのままにしてある。

そして昨日はとうとう,中国語のメッセージが入っていた。
今回ばかりは私も困った。
私は中国語がまったく分からない。つまり,間違い電話かどうかもわからないのだ。
もしかしたら,私自身が存在すらすっかり忘れてしまった知り合いの中国人女性が,
私にあてて重要なメッセージを残したかのもしれない。

そのうち,中国語の分かるだれかをうちに招いて,
内容を確認してもらう必要があるだろう。
もしそういう知り合いが見つからなければ,
たとえ何年かかろうと,自分で中国語を勉強して,
メッセージの内容を理解するしかないだろう。
その日が来るまで,今回の中国語のメッセージは消さずに残しておこうと思う。
(T.N.)

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2003年2月26日

あしたまで
 クライアントに
  そういわれ
   たのであしたが
    校了記念日
(J.N.)

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2003年2月19日

本を読む。
どんどん読む,何が何でも読む,
電車の中でも読む,お昼を食べながら読む,
家へ帰ってももちろん読む,
1日1冊,ひどい(スゴイとは思えない)時には2冊読む,
1度読んだ本も忘れて又買って読む。
(出版社にとっては超ありがたいお客である)
こうなってくると何で本を読んでいるのか分からないけれど,
机の中と下に本がゴロゴロしているので,
こちらとしては本を買わずに借りられるので大変ありがたい。
これからも頑張って読み続けて欲しいものである。
J.S.さん ありがとう。(H.E.)

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2003年2月14日

正月に帰省した際に,親戚のおやじ連合軍から,
「結婚しないの?」攻撃を受けた私。
まったく田舎の時の流れは速すぎて困る。
そう言えば,地元の友達はいいテンポでかたづいてゆく…。
みんな,生き急ぐな!
え? 私ってそんな歳,なのか? 違う,ぜったい!
来年も,おそらくこの攻撃を受けに私は田舎に帰るのである。
いいよね…。(M.O.)

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2003年2月3日

先日帰省した際,調子に乗って祖母に上腕二頭筋を出して見せたら,泣かれてしまった。
「そんな腕だと,嫁のもらい手がなくなるよ」と嘆くのだ。
──祖母はなかなかのハードパンチャーだ。
半年前のある日,突然ボクシングがやりたくなった。
そして,某・超有名ボクシングジムに入会。
以来,すっかりボクシングにはまってしまった。
日頃の鬱憤を晴らすべく殴るサンドバッグの心地よさ,飛び散る汗の清々しさ
──嗚呼,ボクシング万歳。
祖母の一撃に傷んだボディーをさすりつつも,今日もやっぱり,
女子トイレの鏡の前で,こっそりシャドウに励む私である。 (S.K.)

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